縁故入社と、学歴の意味
学歴があっても、就職できないことがある。施設出身の子どもたちが立っている場所。
こんにちは、ParasaiyoのSteveです。
フィリピンに住んでいたとき、こんな話を何度か聞きました。
ある会社に、特に能力があるわけでもない若者が入社してくる。聞けば、重役の甥だとか、上司の親戚だとか。そういうことが、珍しくない。スタッフにそのことを聞いたら、「ここではそういうものです」と、当たり前のように言われました。
「パドリーノシステム」と呼ばれる慣行で、能力や実績より、誰とつながっているかが優先される。フィリピンだけの話ではないかもしれないけれど、日本より遥かに露骨に、日常に溶け込んでいる気がしました。
フィリピンは学歴社会だと言われています。大学を出ているかどうかで、人生が大きく変わる。それは本当だと思います。
ただ、少し複雑な現実があって。
2023年の調査では、フィリピンで失業率が最も高い学歴層は大卒者で22.1%。高校中退(20.8%)や小学校卒(20.3%)より高い数字です。
「学歴があれば安心」という前提が、そのまま成立しない。そういう国の話をしています。
なぜそうなるのか。パドリーノシステムの話と、もう一つの構造が関係している気がしています。
フィリピンには「エンド(endo)」と呼ばれる雇用慣行があります。
労働法では、6ヶ月を超えて働き続けた従業員は正規雇用にしなければならない、と定められています。正規雇用になると、健康保険や雇用保障など、企業側のコストが増える。それを避けるために、5ヶ月で契約を打ち切って、また新たに雇用する。これが「エンド」です。
「5-5-5」とも呼ばれていて、5ヶ月働いて、切られて、また5ヶ月。その繰り返し。ジョリビーやフィリピン航空のような大手企業でも、このリストに名前が挙がっていたことがあります。
収入が安定しない。保険もない。正規雇用への道が見えない。その状態が延々と続く可能性がある。
これが、フィリピンの貧困が固定化しやすい構造の一つだと思っています。
パドリーノシステムの話に戻ります。
「誰とつながっているか」が問われる社会で、児童養護施設出身の子どもたちには、そのネットワークがそもそもない。頼れる親戚も、口をきいてもらえる知人も、ほとんどいないケースが多い。
だとすれば、学歴が数少ない武器になる、という話になります。
学歴があれば就職できる、とは言い切れない。でも、学歴がなければ、入り口にすら立てないかもしれない。そういう社会の中で、進学することの意味は、日本とは少し違う重さを持っている気がします。
大学を卒業した子が、自分の仕事を持つようになったとき。その話を聞くたびに、進学を支援することの意味を、改めて考えます。
Parasaiyoでは毎年この時期、進学する子どもたちを支援するためのクラウドファンディングを行っています。「シーズナルパートナー」と呼んでいる、フィリピンの新学期に合わせた単発のプログラムです。詳しくは寄付ページをご覧ください。