Parasaiyoは、最初から「団体を作ろう」と始まったわけではありません。偶然の出会いがあって、誰かが「もう一度行きたい」と言って、その気持ちが少しずつ形になっていった。26年間の軌跡をたどります。
偶然の訪問が、
26年になった。
Parasaiyoの歩み
スタディツアーの一行程として、CMSPと出会う
大学生を対象とした学生向け組織HYIのスタディツアーでフィリピンを訪問。複数の施設を巡る行程の中の一つとして、カビテ州にあるChristian Mission Service Philippines(CMSP)と初めて出会います。
この時点では、CMSPを継続的に支援しようという意図はありませんでした。あくまでスタディツアーの一環。でも、何かが残りました。
2000年前後 — 最初のフィリピン訪問
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2003
「また会いに行く」という意志が、先にあった
帰国後、参加者のあいだから自然に声が上がりました。「もう一度あの施設に行きたい」「クリスマスの時期に子どもたちに会いに行けないか」。
まず最初にあったのは、「また会いに行く」という意志でした。毎年会いに行くことが子どもたちとの約束になり、その約束を果たすために「彼らのために自分たちに何ができるか」という問いが生まれます。その答えの一つが、フリーマーケットでした。誰かに指示されたわけでもなく、ゼロから場をつくり、その収益をCMSPへ届ける。訪問を続けるための手段として、イベントが生まれていきました。
2000年代前半 — 再訪を重ねる中でCMSPとの関係が深まっていった
スタディツアーから独立。訪問を続けるために、イベントがあった
CMSPへの訪問はHYIのプログラムから切り離され、独立した活動として続くようになります。ツアーで毎年会いに行くことがParasaiyoの軸となり、その訪問を続けるための資金を自分たちで生み出す手段としてイベントが本格化していきました。支援金を「集める」のではなく、自分たちが動いた結果として「生み出す」という感覚です。
チャリティーコンサート、マラソン大会、運動会、フリーマーケット。街頭募金でも寄付依頼でもなく、自分たちで企画したイベントの収益を届ける。このスタイルが、Parasaiyoの基本姿勢として根付いていきます。
2000年代中盤 — 独立した活動として継続されるようになった頃のCMSP訪問
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ツアーという形へ。「自分の目で見る」ことに価値が生まれる
活動は単発の支援にとどまらず、「実際に現地を訪れ、自分の目で見て考える時間そのものに価値がある」という考え方へ発展していきます。ツアーという形が生まれたのはこの頃です。
日本国内のイベントも多様化していきました。六本木ヒルズでのクリスマスパーティー、下北沢の商店街とのコラボ企画、Paracupと名付けたスポーツ大会——規模も形も変わりながら、「関わった結果として届ける」という軸は変わりませんでした。
2010年代 — ツアーとして形が整い、毎年の訪問が続いていった
25周年。そして、次の世代へ
2025年、Parasaiyoは25周年を迎えました。初期メンバーの子ども世代が自分の意志でYouth Parasaiyoを立ち上げ、次の世代への引き継ぎが始まっています。
運動会、味噌作り、オンライン文化交流、焚き火Bar——イベントの形は時代とともに変わっても、「自分たちが関わった結果として届ける」という感覚は、25年経った今も変わっていません。
振り返れば、Parasaiyoの歴史に長期計画が最初から存在していたわけではありません。
偶然の出会いを大切にして、一度生まれた関係を簡単に切らず、その時々で無理のない形を探し続けてきた。それだけのことが、26年になっています。
イベントの記録
運動会
今も毎年続くParasaiyoの代表的なイベント
Paracup(初回)
スポーツで集まり、フィリピンの子どもたちへつなぐ
六本木ヒルズ クリスマスパーティー
大きな会場での大規模イベントも経験してきた
下北沢商店街コラボ 脱出ゲーム
地域とのコラボレーションで新しい関わり方を模索
運動会 — 世代を超えて
年齢差30歳以上のメンバーが一緒に走る
Paracupの熱量
「稼いで届ける」スタイルを体現するイベント
完成された理念から始まった団体ではない
Parasaiyoは、関わった一人ひとりの経験と問いの積み重ねによって、少しずつ輪郭を持つようになった活動です。
あなたが今Parasaiyoのことを調べているとしたら、何かきっかけがあったはずです。その小さなきっかけが、どこかでつながっていくといいなと思っています。